転職事例

バーンアウトした40代脳神経外科医。リハビリテーション科への転職で脳外経験を新たな形に|MEC Station転職事例

40代男性脳神経外科医

転職を考えた時期ときっかけを教えてください

40代の責任がのしかかり疲弊

転職を具体的に考えるようになったのは、40代半ばを過ぎたころでした。私は初期研修を終えてS大学脳神経外科の医局に入局し、脳神経外科医として経験を積み、専門医取得後も同じ医局に所属し続けてきました。
脳神経外科が体力的にも精神的にも厳しい診療科であり、救急対応や緊急手術、オンコールがあることも承知したうえで、この道を選びました。
しかし40代半ばになるころ、医療現場を取り巻く状況の変化に直面しました。私の医局では、日に日に人員的な余裕がなくなっていき、関連病院側も含めた人繰りが厳しくなりました。
自分の立場が中堅を過ぎると、担当患者さんの手術や診療に加え、若手医師の指導、病棟全体の判断、救急対応の調整、関連病院の診療体制を支える役割も求められるようになっていました。
その責任については、若いころから理解していたつもりです。しかし、医局や関連病院を取り巻く人員不足が自分の働き方にここまで影響するというのは想定以上でした。

休日も気が休まらないオンコールの負担

もともと体力には自信がありました。しかし負担がなかったといえばうそになります。というのも医局所属時は、当直に加え、オンコールが月10回前後。呼ばれれば、脳卒中や頭部外傷の緊急対応に向かい、場合によってはそのまま手術や処置に入っていました。
「いつ電話が鳴るかわからない」「休日でも完全には気が休まらない」。そんな状態が何年も続くうちに、疲労が蓄積していたのです。
気づけば、「このまま医局や関連病院を支えながら、急性期の現場に立ち続けられるのだろうか」と考えてばかりになりました。

最善を尽くしても症例が頭から離れなかった

脳神経外科医であれば、手術や処置で最善を尽くしても、複雑な思いが残る症例には何度も立ち会います。それは残念ながら避けられませんが、そのたびに、「あのタイミングの判断は適切だったのか」「もっと良い方法はなかったのか」「別の選択肢を取れなかったのか」と考えさせられます。たとえカンファレンスで医学的な整理がついても、自宅に帰ってからまた考えてしまう。別の診療に入っていても、ふと以前の症例がよぎる。そうしたことが増え、余裕がなくなっていったのです。
「次に同じような症例が来たとき、自分はこれまで通り冷静に判断できるのだろうか」。
そのころの私は、いわゆるバーンアウト状態だったのだと思います。

メックステーションを選んだきっかけを教えてください

複数の転職会社に登録する気力すら生まれない

転職前は、「とにかく今の状況をどうにかしたい」という一心でした。しかし私は当時、医局一筋。医局人事による異動でしか働き先を変えたことはありませんでした。自分で求人を探したり、転職会社に相談したりした経験がなくて、おまけにその気力もない状況でした。自分でも転職の王道は、複数の転職会社に登録して比較するとわかっていたのですが、その余裕がなかったのです。

メルマガでリハビリテーション科の求人が目に入った

そんなとき、たまたまメックステーションのメルマガで、リハビリテーション科の求人が目に入りました。その求人は、回復期リハビリテーション病棟の管理が中心でした。脳卒中後の患者さんも多いと紹介されていたのです。「これなら、脳神経外科で培った知識や経験を生かしながら、患者さんの回復過程に関わり、今の働き方も変えられるかもしれない」と興味を持ちました。
一度話を聞いてみたいと思ったのを覚えています。

メックステーションのキャリア相談を利用しましたか

20年後のキャリアを大切にする説明

キャリア相談では、メックステーションのコンサルタントがリハビリテーション科の求人について話してくれました。
ただ、当時は脳神経外科の第一線で働いていたので、リハビリテーション科への転職にはまだ距離があったのは事実です。「自分の経験値とスキルで務まるのか」「脳神経外科専門医としてのキャリアをどう生かしていけるか」。そうした不安や迷いがあり、自分の中でも考えが整理できていませんでした。そこで担当コンサルタントに率直に相談し、これまでのキャリアや今後の働き方についてじっくり話し合いました。
「10年後、20年後も医師としてキャリアを続けていくためには、脳神経外科の経験や実績を手放すのではなく、生かし方を変えるという選択肢もある」と説明を受け、より脳神経外科以外の診療科も真剣に考えるようになりました。

求人への関心から、働き方全体の整理につながった

リハビリテーション科への転職を、コンサルタントと一緒に考えました。担当コンサルタントからは、「急に診療科を変えるのは、なかなか想像が難しいと思います。まずはより具体的にイメージするために、急性期の脳神経外科医として環境を変える選択肢と、手術や救急対応を中心とした働き方から距離を置き、脳神経外科の経験を別の形で生かす選択肢。実際の求人を通して、並べて見てみませんか。比較することで、転職することが最善か、診療科を変えることが現実的か見えることもあります」と提案されました。
自分で答えが出せなかったので、提案を受け入れ、比較することにしました。

年収1,600万円・当直月1回を希望条件として伝えた

次にコンサルタントからは、「先生が納得して働くために、希望条件ももう一度整理してみましょう」と言ってもらいました。
そこで、年収は現状維持の1,600万円、勤務日数は週5日、当直は月1回程度、オンコールは極力少ないことを希望しました。
「では、私のほうで一度先生が今後を考えるための求人を探ってみます。しばらくお時間をください」とコンサルタントに言われ、キャリア相談は終了しました。

メックステーションの求人の質や量はいかがでしたか

後日いくつかの求人を出してもらい比較した

キャリア相談後、最初に問い合わせたリハビリテーション科の求人など、比較対象の求人の詳細を複数提案してもらいました。いくつか印象的なものを紹介します。

●候補1 民間急性期W病院・脳神経外科
年収:1,900万円
勤務日数:週5日
当直:月3〜4回
オンコール:月数回
メリット:脳神経外科専門医としてのキャリアを継続できる。年収は現職より上がる
懸念点:救急対応や緊急手術は残るため、根本的な負担軽減にはなりにくい

●候補2 回復期リハビリテーションX病院・リハビリテーション科
年収:1,700万円
勤務日数:週5日
当直:月1回
オンコール:なし
メリット:急性期の負担は大きく減る
懸念点:整形外科領域の患者さんも多く受け入れていて、脳神経外科の経験をどこまで生かせるか確認が必要

●候補3 Y病院・リハビリテーション科(回復期リハ病棟担当)
年収:1,800万円
勤務日数:週5日
当直:月1回
オンコール:ほぼなし
メリット:年収を上げられる。候補2の回復期リハ病院と同じく、回リハ病棟担当だが、脳血管障害でのリハビリ患者さんの割合が多く、脳神経外科の経験を生かしやすい
懸念点:急性期の手術や救急からは離れるため、キャリアチェンジの覚悟は必要

多種多様な求人を並べてもらえたことで、あらためて自分が何を優先したいのかがはっきりしました。
候補1の急性期の脳神経外科を続ける求人は、年収面では魅力でした。ただ、当直やオンコール、緊急対応が残る以上、今と同じ悩みを繰り返すと感じました。
一方で、リハビリテーション科の求人は、急性期の負担を大きく減らせるとのことでした。特にY病院は、脳卒中の入院患者さんも多く、病棟管理、リハビリ方針への医学的な助言などをすると聞きました。それで、私の経験を生かせる場面が多いように思いました。

求人票以上の情報が判断材料になった

さらに、Y病院の詳細を聞くと、「先生の場合は、急性期の手術経験も大切になりますが、それよりも脳神経外科で診てきた患者さんの回復過程を支える経験が求められると思います」と説明してくれました。
Y病院なら年収を上げられ、当直・オンコールの負担も減り、それでいて脳神経外科の経験を生かしやすいことから、応募することを決めました。

応募から転職決定までのサポートはいかがでしたか

転職理由の伝え方を一緒に整理した

脳神経外科医が40代半ばで急性期を離れ、リハビリテーション科へ移るとなれば、採用側は理由が気になります。
当然、「疲れました」「バーンアウトしました」とそのまま伝えることはできませんし、うそをつくわけにもいきません。
その点は担当コンサルタントと一緒に丁寧に伝え方を考え、どのようにポジティブな言葉にするかを整理しました。転職経験が乏しい私には、非常にありがたいサポートでした。

Y病院が求める医師像に合わせて準備した

担当コンサルタントは、面接前にY病院がどのような医師を求めているのかも共有してくれました。聞けば、脳卒中後の患者さんを医学的に評価できる医師を求めていて、そのために自分の経験をどう話せばよいのかというポイントを明確にしました。
そのおかげで、面接後は無事Y病院から内定をいただけました。
さらに、医局への転職・退職の伝え方についてもアドバイスを受けました。入職日や退職時期の調整、Y病院側への連絡などは、担当コンサルタントが間に入って進めてくれました。医局とのやり取り自体は自分で行いましたが、転職先との調整を任せられたことで、退局と引き継ぎに集中できました。初めての転職で、しかも長年所属した医局を離れる決断でしたが、応募から面接、内定後の調整まで流れを見通せたことで、一つずつ進めることができました。

転職後の満足度はいかがでしょうか

オンコールのプレッシャーから解放された

転職後は、精神的にも肉体的にも負担が軽くなりました。
今は当直が月1回程度に減り、オンコールもほぼありません。年収は1,800万円に上がったため、条件面でも納得しながら、働き方を変えることができました。
休日に病院からの電話を気にせず過ごせるようになり、睡眠や家族との時間も以前より落ち着いて確保できています。もちろん、医師としての責任がなくなったわけではありませんが、以前のように常に限界に近い状態ではないので、メリハリのある生活を送れています。

患者さんの回復過程に関われるようになった


長年、脳神経外科医として救急対応や手術に関わってきたので、現場から離れることに物足りなさを感じる瞬間はあります。患者さんとの関わり方も変わりましたし、自分の役割が変わったことは事実です。
ただ、リハビリテーション科で働く中で、これまでの経験を活かせる場面も多くあります。特に脳卒中後の患者さんの管理、患者さんの状態の評価、急変時の判断、リハビリスタッフとの連携などでは、脳神経外科で積み重ねてきた知識や経験が役立っています。
また、急性期では見届けられなかった回復過程に関われるようになったことも変化でした。命を救う現場とは違う形で、患者さんの生活の立て直しに関われている実感があります。
40代半ばという年齢も、今振り返ると良かったと思います。もっと年齢を重ねてからでは、新しい環境に適応するのがさらに難しかったように感じます。年収を上げながら負担を減らし、これまでの経験も生かせる環境に移れたことには満足しています。

担当コンサルタントの一言

先生は、長年続けてきた急性期の脳神経外科医としてのキャリアを本当に手放してよいのか、慎重に確認する必要がありました。
そのため、環境を変えて急性期の脳神経外科医を続ける選択肢と、手術や救急対応を中心とした働き方から離れ、リハビリテーション科で脳神経外科の経験を生かす選択肢の両方を提案しました。
転職後は、当直・オンコールの負担が大きく軽減され、年収も上がり、新しい環境で活躍されています。脳神経外科医として培った経験を大切にしながら、今後は新たな専門性の獲得にも挑戦できる環境を選ばれたことは、非常に意義のあるキャリア選択だったと考えています。

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