
19番目の診療科といわれる総合診療科。まだまだ新しい診療科なので、「興味はあるけどよくわからない」と感じる医学生や初期研修医が多いのではないでしょうか。そこで、総合診療科のやりがい、魅力、待遇にいたるまで、気になる疑問を、新潟県の津南病院の専攻医・千手孝太郎に聞いてみました。総合診療科に興味がある方は、ぜひご覧ください。
【医師プロフィール】
津南病院 総合診療科専攻医 千手孝太郎先生
関西医科大学卒
・元日本プライマリ・ケア連合学会学生研修医部会関西代表
・新潟県医師会 最優秀研修医奨励賞受賞
千手先生が総合診療科に惹かれたきっかけを教えてください
子どもの頃から、医師になりたいと強く思っていたタイプではありません。
ただ、「人の人生に関わる仕事がしたい」という気持ちは漠然とありました。身近で人生に関われる職業といえば学校の先生で、自然と教師を志していました。
そんな私が総合診療を目指すきっかけになったのは、高校2年生の時に出会った鈴木富雄先生です。教室の後ろに貼ってあった1枚のチラシのタイトルに興味を持ち、鈴木先生の講演会を聞きに行きました。鈴木先生は「病気だけでなく人を診る」という強い気概をもって診療にあたっておられ、その姿に大きな感銘を受けたとともに、手術などのイメージが強かった医師の中でもこのような働き方や考え方があることに衝撃を受けました。この出会いで「総合診療科で働きたい」という思いが明確になり、教育学部から打って変わって医学部進学を決意しました。多くの方が医師になってから診療科を選びますが、私にとっては“総合診療科で働くこと”が最初からの目標でした。
目指したのは“医師”ではなく、“総合診療医”だったのですね
私が医師として大切にしているのは、「その人が、その人らしく生きられているか」という視点です。ただしそれは、医師が人生を導くという意味ではありません。総合診療における専門性は、患者の価値観や生活文脈を理解し、継続的な関係性の中で意思決定を支えることにあります。
総合診療は、不確実性の高い状況においても、臓器や疾患だけでなく、心理的・社会的背景を含めて統合的に判断する領域です。診断推論という科学的営みと、対話を通じて語られる物語を理解する姿勢の両立が求められます。その過程で私たちは、「何が医学的に正しいか」だけでなく、「その人にとって何が意味を持つのか」という問いにも向き合います。継続的な関わりの中で、患者が自らの価値観に沿った選択を行えるよう支援すること。それが総合診療医の役割だと考えています。医療は人生の一部に過ぎませんが、その一部が、その人の生き方に深く関わる瞬間があります。総合診療は、そうした瞬間に責任をもって立ち会う専門領域なのだと思います。
私にとって総合診療は、「人生を共に歩む」というよりも、必要なときに伴走し、意思決定を支え、生活を支える実践のかたちです。その積み重ねの中で、患者が自らの人生を主体的に歩めるよう支えることが、私の目指す医師像です。
総合診療科ならではのやりがいを感じる瞬間について教えてください
語り始めたらキリがないですが、その中でも特に強く感じるのは在宅医療の現場です。
かつて在宅で担当した患者さんの回復過程で、どうしてもご家族の背景に踏み込む必要がある場面がありました。丁寧にお話を伺ううちに、ご家族自身の体調に異変があることに気づき、診察を行ったところ早期の疾患を発見し、適切な専門診療につなぐことができました。こうした経験は、「患者の家族もまた診療の単位である」という家族志向ケアの実践そのものです。
在宅医療では、病気を診るだけでなく、住環境や生活動線、介護体制の調整までも視野に入れます。ときには手すり一本、ベッドの向きひとつが患者さんの生活を劇的に変えることもあります。薬や手術とは異なるアプローチですが、それによって暮らしが好転し、生き方が変わる瞬間に立ち会えるのは、総合診療医ならではの醍醐味です。
こうした実践を通じて、「病を治す」だけでなく「人生を支える」ことができる。その実感が、私にとって最大のやりがいです。
“スペシャリティ取得後に総合診療科の道に進むのがいい”という意見について、どのように思いますか
まず他科で専門性を身につけてから総合診療に進むべきだ、という意見には、一定の合理性があります。実際、専門領域で深く学んだ経験が、後の総合診療に厚みをもたらすことは大いにあると思います。
ただ、私自身は初期研修を終えたのち、迷わず総合診療科の道を選びました。理由は、最初から“全体像を俯瞰する視点”を養うことこそが、少子高齢化の進むこれからの医療現場では特に重要だと感じたからです。
例えるなら、専門医から総合診療へ進むのは、一度“ズームイン”してから“ズームアウト”する学びの形。一方、初期から総合診療に進むのは、“全体を見渡した上で必要な部分をズームインする”進み方です。どちらが優れているというよりも、焦点の当て方と学びの順序が異なるに過ぎません。
ただし、狭い領域を深めてから広げるアプローチでは、臓器中心の発想から人間中心の視点へと転換する過程で苦労する先生が少なくないと聞きます。それは、医学の構造そのものが「臓器単位で捉える訓練」に基づいているからかもしれません。
結局のところ、最も大切なのは「どの段階で進むか」ではなく、「どんな視野をもって医療に臨むか」です。これは私自身の経験に基づく実感ですが、早い段階から“広さ”を学ぶことは、後のキャリアをしなやかで豊かなものにする確かな礎になると確信しています。
範囲が広い分、“総合診療科は専門性が曖昧”という意見について、どう捉えていますか
「総合診療科は専門性が曖昧だ」という見方があることは理解できます。臓器や手技で分化した専門領域とは、専門性の焦点が異なるためです。内科や外科が特定の臓器や疾患に高度に特化した専門性を磨くのに対し、総合診療は、未分化な症状や多疾患併存といった不確実性の高い状況において、患者の生活文脈を含めて統合的に判断することを専門性としています。医学的診断推論に加え、心理社会的背景(Biopsychosocialモデル)や家族・地域の環境を踏まえ、継続的な関係性の中で意思決定を支えることが総合診療の中核です。これは“何でも診る”という意味ではなく、不確実性と複雑性を扱うための独自の思考様式と実践体系を持つ専門領域だと考えています。
私自身、高齢化率の高い地域で診療を行う中で、疾患単位の最適解だけでは十分でなく、生活全体を見通した統合的判断が患者さんのQOLに大きく影響する場面を多く経験してきました。その意味で、総合診療の専門性とは、曖昧さそのものではなく、不確実性の中で文脈を読み取り、個別性を尊重しながら意思決定を構築する力にあると感じています。もちろん、他科の専門性を尊重し、適切なタイミングで専門医につなぐことも重要な役割です。総合診療は他領域と競合するものではなく、それぞれの専門性を補完し合いながら、患者中心の医療を実現するための接点を担う存在だと考えています。
総合診療科は領域が広いので、専攻医は多忙ではないでしょうか
総合診療科が忙しいのは確かですが、いわゆる“ハードワーク”とは忙しさの性質が異なります。
外科系の先生方が時間的・身体的に緊張を強いられるのに対し、総合診療医は“学びの幅”の広さが負荷になります。疾患の多様性だけでなく、地域、家族、心理社会的背景を含めた全人的理解が求められるため、常に知識と経験の更新を続ける必要があります。
そのため、忙しさの本質は“診療に追われる”というより、“学び続ける責任”にあるのではないかと思います。
患者さんと会話・雑談が他科よりも多い印象がありますが、いかがでしょうか
総合診療科は、他科に比べて患者さんとの「会話」が多いと思われることがよくあります。 私自身、人と話すことが好きなので自然と会話の時間が増えますが、実際の診療で行っているのは、単なる雑談ではなく臨床的な「対話」です。
「会話」は言葉のキャッチボールによる情報のやりとりであり、場の和をつくる大切な要素です。一方で「対話」は、患者さんの語りを通じてその人の背景・価値観・感情を理解し、医療者自身の認識も変化していく双方向的なプロセスを指します。 このプロセスを学ぶ方法は訓練によって身につけられるもので、話すことが得意でなくても十分に実践可能だと思います。むしろ、対話を通じて人を理解し、人生の物語に寄り添うことこそ、総合診療医のやりがいであり専門性の核だと感じています。
総合診療科では医療以外のことも経験する機会が多いイメージがあります
総合診療科の中にも急性期病院から診療所など規模のグラデーションがあり、規模に必要とされた医療の形があると思います。地域で医療を行う上では、市町村ごとに異なる行政の体制や制度を理解することが欠かせません。なぜなら、疾患の治療と並行して、患者さんがどこに帰っていくのか、そしてその人が安心して暮らしに戻るために、どのような社会的支援が必要かを見通す必要があるからです。
どの規模であっても総じて総合診療医には医療の枠を越えた関心と、柔軟に学ぶ姿勢、分析力、そして多職種と行政をつなぐ調整力が求められます。その意味で、総合診療は臓器別専門科とは異なる知的構造を持ち、まさに文脈を読む力が問われる領域だと感じています。
こうした特性が、時に「専門性が曖昧」に見える理由とも言えるのではないでしょうか 。ただ私は、制度・生活・人間関係を含めた複雑な現実を整理し、最適解を構築する専門性こそが、総合診療の核心にあると考えています。
新しい専門医領域だからこそ感じる課題はありますか
総合診療科に限った話ではありませんが、新しい専門医領域である以上、指導医の配置や教育体制の整備状況が地域によって異なる点は、現時点での課題の一つだと感じています。制度が発展途上にあるからこそ、全国どこでも同水準の学びが保障されているとは言い切れない側面があります。
私の勤務する新潟県も指導医が限られている地域ですが、オンラインカンファレンスや遠隔指導などを活用し、地域差を補いながら学びを深める取り組みが進んでいます。こうした試みは、地域医療における教育の在り方を再考する契機にもなっています。
制度が成熟していないことは課題である一方で、柔軟に形を模索できる時期でもあります。私自身は、この過程に当事者として関わりながら、より良い教育体制や専門性のあり方を考え続けられることを貴重な経験だと受け止めています。総合診療が社会の中で確固たる位置を築いていくためには、日々の臨床実践と同時に、教育や制度の整備を積み重ねていくことが欠かせません。その一端を担えることに、責任とやりがいの両方を感じています。
オンラインで学ぶ機会も多いのでしょうか
私の所属する津南病院では、他施設の総合診療指導医の先生方に症例を提示しながら意見交換を行うオンラインカンファレンスを毎週行っています。地域に指導医が少ない環境において、こうした場は学びを補完する重要な機会となっています。
加えて、先日は全国の総合診療専攻医が集い、1年間の学びを発表し合うオンラインイベントにも参加しました。それぞれの地域での実践や試行錯誤を共有し、悩みや葛藤について率直に語り合う時間は、単なる成果発表にとどまらず、互いの成長を支える対話の場でもありました。
総合診療は、地域や制度、患者背景によって実践の形が大きく異なります。だからこそ、広い枠組みで経験を共有し、多様な視点からフィードバックを受ける機会は、学びをより立体的なものにします。個々の症例だけでなく、「総合診療医としてどう成長していくのか」という問いを共有できることは、この領域ならではの価値だと感じています。
総合診療科の専攻医は積極的に活動する印象がありますが、千手先生はいかがでしょうか
近隣の小学校や中学校を訪問したり、地域のイベントや講演会を企画、実施しています。扱うテーマも医学教育に限らず、「時間の使い方」や「町の財務をわかりやすく伝える話」など、多岐にわたります。
これは決して特別な活動というより、総合診療の専門性の延長線上にあるものだと考えています。WONCAが示す総合診療の定義では、診療は個人だけでなく家族や地域の文脈を含むとされています。また、地域包括ケアの理念においても、医療は予防や生活支援と切り離せない関係にあります。そうした観点に立てば、教育機関や地域社会と関わることは、診療の外側ではなく、むしろ“地域という文脈を診る”実践の一部だといえます。
総合診療医に求められるのは、疾患の治療だけでなく、人が暮らす環境や社会構造を理解し、必要に応じて橋渡しをする役割です。学校での講話や地域での対話は、健康リテラシーの向上や将来の医療人材育成、さらには地域全体の健康文化の形成につながるのではないでしょうか。
また、積極的に活動するという側面では、年次に関わらず互いに学び合い、高め合おうとする姿勢を持った仲間が多いと感じています。そうした存在は、若手にとって大きな支えになります。一方で、これはどの専門領域にも共通することですが、関係性が深まるほど、外からは距離を感じられてしまうこともあるかもしれません。だからこそ、総合診療に関心を持った先生が気負うことなく参加できる、開かれた場づくりを大切にしていきたいと考えています。
職務と給与のバランスはどのようにお考えでしょうか
給与は、総合診療という専門領域そのものよりも、大学か市中病院かといった施設の性格や規模、そして地域性によって左右される部分が大きいと感じています。総合診療だから特別に高い、あるいは低いという単純な構図ではないと思います。職務内容についても同様で、それぞれの専門領域には固有の責任や難しさがあり、単純に比較できるものではありません。
私自身は、自分が担っている役割や責任に見合った環境で働けていることをありがたく受け止めています。給与は重要な要素の一つですが、それだけで職務の価値が決まるわけではありません。自分が必要とされているという実感や、一定の裁量を持って取り組める環境もまた、仕事の満足度を支える大切な要素だと考えています。
“医学生・初期研修医のうちにやっておいたほうがよかったこと”または“専門研修病院の選び方や面接準備で意識しておいたほうがいいこと”を教えてください
「自分の言葉で語れる準備をしておくこと」。これが今後医師としてキャリアを築くために一番大切だと思います。単に「なぜこの診療科を選んだのか」ではなく、「どのような医師になりたいから、この診療科を選ぶのか」と説明できることが、将来のキャリアを築く上で大きな意味を持つと感じています。
初期研修や専門研修は通過点に過ぎません。その先の姿を見据えながら、目的と手段を整理しておくことが重要です。やりがいや進路だけでなく、給与や生活の質(QOL)といった現実的な側面についても、自分なりの考えを言葉にできるよう準備しておくことが、長期的なキャリア形成につながると思います。
専攻医になってからも初期研修医や医学生と接する機会がありますが、初期研修の経験が医師としての基盤を形づくる重要な時期であることを実感しています。マッチングで第一希望の病院に進めるかどうかよりも、「自分はこの2年間で何を身につけたいのか」を明確にすることの方が、はるかに大切ではないでしょうか。
もし「何を学びたいのかまだ定まらない」と感じているなら、ぜひ周囲の先輩や指導医と対話してみてください。進路は一人で決めるものではなく、対話の中で輪郭が見えてくることも多いものです。私もそうした方を応援したいと思っています。
また、「今のうちに遊んでおこう」という考え方も否定するものではありません。ただ、初期研修は医師としての姿勢や価値観が形づくられる大切な期間です。将来を見据えながら過ごすことで、より納得感のあるキャリアにつながるのではないかと思います。
専門研修病院を選ぶ際には、規模や働き方、待遇といった条件だけでなく、その病院や地域に根づく「文化」にも目を向けてほしいと感じています。文化とは、そこにいる人々の姿勢や価値観、学びの雰囲気のことです。私自身、環境から大きな影響を受け、成長の機会をいただきました。立地や規模と同じくらい、その場の文化や空気感も大切な判断材料にしていただければと思います。
総合診療科に興味を持つ医学生・初期研修医にメッセージはありますか
総合診療に関心を持っていると聞くと、とても嬉しく思います。けれどまず伝えたいのは、「総合診療を選んでほしい」ということではなく、「なぜ心が動いたのかを大切にしてほしい」ということです。
私が総合診療を志した原点には、「病気だけでなく、人を診る」という姿勢との出会いがありました。その言葉に触れたとき、自分が人として向き合いたい世界の輪郭が少し見えた気がしたのです。
総合診療に興味を持った理由は、人によってまったく異なるはずです。診断学の面白さかもしれませんし、地域医療への関心かもしれません。患者さんの人生に長く関わることに魅力を感じたのかもしれません。その“惹かれた理由”を丁寧に考えることは、専門選択を超えて、自分がどんな医師でありたいのかを見つめる作業につながります。
総合診療は、ある種の不確実性を内包する領域です。臓器別の専門性とは異なるかたちで、患者を取り巻く文脈を読み取り、複数の要素を統合しながら最適解を探っていきます。そこには高度な診断推論もあれば、対話を通じて人生の背景を理解する営みもあります。どの側面に心が動いたのかによって、描く将来像も自然と変わってくるでしょう。
大切なのは、進路を決めることそのものよりも、「なぜその道に惹かれたのか」を自分の言葉で語れることだと思います。その問いを持ち続ける姿勢こそが、5年後、10年後の医師としての成長を静かに支えてくれるはずです。
もしまだ答えがはっきりしていなくても心配はいりません。興味を持ったという事実そのものが、すでにあなたの中にある価値観の表れです。その感覚を大切にしながら、多くの現場に触れ、人と対話を重ね、自分なりの答えを少しずつ形にしていってください。
千手先生のキャリアビジョンを教えてください
私の根底にある関心は、「その人らしく生きることを支えたい」という思いです。これは医師を志した頃から変わっていません。目の前の患者さんの人生の歩みや、日々の思いに耳を傾け、その人にとって納得のいく選択をともに考えることに、今も大きなやりがいを感じています。
総合診療は、そうした関心を実践するうえで、私にとって非常に親和性の高い領域です。臓器や疾患だけでなく、生活背景や社会環境も含めて統合的に捉えることが求められるからです。ときには医療機関の枠を越えて、行政や家族、多職種と連携することもあります。それらはすべて、「その人らしさを支える」という目的に向かうための手段だと考えています。
10年後の自分がどのような立場にいるかは、正直なところ分かりません。総合診療の枠組みの中にいるかもしれませんし、別の領域で活動している可能性もあります。ただ一つ言えるのは、社会の変化や地域のニーズに応えられる医師であり続けたいということです。そのために、専門性を磨きながらも視野を狭めず、学び続けていきたいと思っています。
今後、総合診療科は社会でどのように活用されていくと感じますか
総合診療科は、日本ではいわゆる「19番目の診療科」として制度上は比較的新しい位置づけにあります。しかし、総合診療という実践そのものは決して新しいものではありません。世界的にはプライマリ・ケアや家庭医療として長年発展してきた領域であり、不確実性への対応、包括性、継続性、地域志向性といった固有の専門性を備えた学問分野です。日本では、こうした機能を明確な専門領域として制度化し、体系的に育成する段階にあると理解しています。今後は、総合診療が学問としてさらに整理・発展し、より体系的に学べる環境が広がっていくでしょう。不確実性の高い初期症状への対応や、多疾患併存の統合的判断、生活背景を踏まえた意思決定支援といった専門性は、超高齢社会においてますます重要性を増していくと考えています。
総合診療専門医の中には、家庭医療領域と病院総合診療領域があります。家庭医療では、患者個人にとどまらず、家族や地域の文脈を踏まえた継続的支援が重視されます。一方、病院総合診療では、診療科横断的な視点から診断推論を行い、複数の専門領域が関わる症例を統合的にマネジメントする役割が強調されます。いずれも機能は重なり合いながら、それぞれの場面で専門性を発揮し、他領域と協働しながら医療全体を支える存在だと考えています。
若手の一人として、目の前の患者さんに向き合う実践を積み重ねながら、この専門性が社会の中でより正しく理解され、信頼される領域として根づいていくよう、研鑽を続けていきたいと思っています。