
転職を考えた時期ときっかけを教えてください
専門医取得後も続いた医局中心の働き方
30代後半、整形外科専門医を取得後、膝関節グループでさらに数年研鑽を積んでいた頃でした。転職前の私は、都内某大学病院の医局に所属し、膝関節グループの主力として関節外科(特に人工関節全置換術:TKA)、リウマチ診療の領域で着実に手術経験を積んでいました。
教授や医局内の先輩から「膝関節グループの次のトップはお前だ 」と叱咤激励とともに難易度の高い手術を受け持たせていただく機会も増え、「この期待を裏切るわけにはいかない」「ここで立ち止まれば外科医としての成長が止まってしまう」と、プレッシャーを感じながら必死に日々の業務に食らいついていました。しかし、周囲の期待に応えようと気を張る一方で、私の心身は限界寸前だったのです。
当直・外勤・通勤が重なる
転職前は、医局人事によって毎年のように都内の大学病院や東京近郊の関連病院を転々としていました。週5日の常勤に加えて週1日の外勤、そして月4回の当直。
関節外科は予定手術が中心ですが、医局から派遣された関連病院では、外傷や救急患者の対応も求められます。そのため、派遣先によっては当直やオンコールの負担が大きくなることもありました。
当時は結婚したばかりでしたが、1〜2年ごとに勤務地が変わる私の都合に合わせ、その都度引っ越しをするわけにはいきません。妻自身の仕事や生活圏を考慮すると定住せざるを得ず、結果として私の通勤時間は片道1時間20分もかかっていました。朝早くに家を出て、帰宅は22時過ぎ。休日も外勤や当直で家を空ける日がほとんどでした。
「家族のために働いているはずなのに、家族と過ごす時間が全くない」。ふとした瞬間に、気持ちがひどく落ち込むようになりました。
家庭も手術キャリアも諦めたくなかった
「医局から期待されている以上、簡単には離れられない」「医局を出ると手術の経験やキャリアが途切れてしまうのではないか」と、一日一日を精いっぱいに過ごしていました。
というのも、その期待は必死に働き、研鑽を積み、教授に信頼してもらえるだけの実績を積んでようやく手に入れた立場でもあります。もし医局を離れて一般病院へ移れば、また信頼関係の築き直しです。そうなれば、手術の機会は激減し、専門性を保てなくなるという不安があったのです。家族との時間も大切だけど、整形外科医としてのキャリアも諦めたくない。二つの両立に現実味がなくて、具体的な行動を起こせないまま時間だけが過ぎていきました。
メックステーションを選んだきっかけを教えてください
求人メールで気づいた医局以外の選択肢
「この堂々巡りの状態から抜け出すには、まず医局の外の世界を知るしかない」。そう思い立ち、自分なりにインターネットで情報収集を始めたのがきっかけです。恥ずかしながら、医局にどっぷり浸かっていると外部の事情に疎くなり、医局外の市中病院の働き方について何も知らなかったのです。
検索する中でメックステーションのサイトにたどり着き、登録して届いた求人メールや過去の転職事例を見て驚きました。「当直負担を抑えながら、関節外科の手術を続けられる」といった、私と同じ悩みを持っていた整形外科医がキャリアと家庭を両立させている事例があったのです。これを見て、「私にも別の選択肢があるのかもしれない」と初めて希望を持てました。
メックステーションのキャリア相談を利用しましたか
医局に残る選択肢も含めて相談
メックステーションのコンサルタントとのキャリア相談では、「医局でキャリアは継続したいが心身の負担が限界であること」「結婚したばかりで家族との時間を大切にしたいこと」など、正直な不安や悩みを打ち明けました。
コンサルタントは私の話を真摯に受け止めたうえで、まずは「退局せず、医局に残って環境を改善する選択肢」について丁寧に提示してくれました。
「いきなり転職を決断する必要はありません。まずは医局に事情を話し、当直の免除や、通勤負担の少ない関連病院への異動を交渉してみてはいかがでしょうか」と、私のキャリアを第一に考えてくれたのです。
そのうえで、もし交渉が難航し、最終的に転職せざるを得なくなった場合を見据えて、今の私が市場でどのように評価されるのか、客観的な「市場価値」についても教えてくれました。
第一執刀医としての経験の価値を知る
「先生のように整形外科専門医を取得後、膝関節グループで人工関節全置換術を中心に研鑽を積んでこられた30代医師は、現在非常に需要が高まっています。一都三県では、膝の人工関節全置換術の主刀(第一執刀医)を任せられる医師を探している医療機関が多く、まさに売り手市場と言えます」と教えてくれました。
「まさか自分のスキルが高い評価を得られるなんて」と、毎日、病院と自宅を往復しているだけの自分にとって非常に意外な情報でした。
年収1700万円を目指せると知り転職に前向きになる
さらに、「エリアや病院の体制にもよりますが、市中病院へ転職した場合でも、当直などの負担を抑えつつ、現在と同等以上の手術件数を維持し、年収1,700万円前後を目指せると思います。希望する条件を整理すれば、良い受け入れ先を探せる可能性は高いですよ」と心強い見解を示してくれました。
私は「一般病院=手術件数が少ない、あるいは当直が必須」と勝手に思い込んでいたので、「希望する働き方と手術キャリアは両立できる」という事実には驚き、転職を前向きに考える決定打となりました。
しかし、退局手続きは大きな懸念事項でした。ここまで育ててくれた医局の教授や先輩には申し訳なさもありました。もし退局する場合、円満な関係で辞めるのは私にとって絶対条件だったのです。
玉突き人事を避ける円満退局——コンサルタントの提案
キャリア相談をしたのは7月でした。コンサルタントからは、「それでは、翌年3月退局、4月入職を一つの目標にしてみませんか」と提案がありました。
「先生もご存じだとは思いますが、10月は4月に次いで医局内の異動が多い月です。一般的に10月は医局人事の区切りになりやすいとされていますが、円満な退局をご希望でしたら、玉突き人事による迷惑を引き起こさないよう、十分な時間をかけたほうがよいでしょう。早くて翌年4月入職、もう少し様子見できそうなら翌年10月入職を転職のタイミングとしてお考えになるのはいかがでしょう」との話でした。
念入りな退局時期の調整
さらにコンサルタントは、「先生の医局でも、夏前後に人事アンケートなどで医師のみなさんのご意向を聞かれ、待遇が改善する可能性もあります。円満な退局を目指すのでしたら、まずは医局に希望を伝えたうえで、それでも難しければ転職する、という手順を踏むのも手です」とアドバイスをくれました。
たしかに医局の希望調査は夏にありますが、当直や通勤を減らす希望を出せば、キャリア的には不完全燃焼になるのは明らかでした。実際、子育てを理由に先輩の男性整形外科医が当直軽減を申し出たところ、症例が少なく、経験を積むには不十分な環境へ異動になったのです。それに、子育てが落ち着くタイミングで大学病院に呼び戻される可能性が高いようで、そうなれば結局また激務に戻ってしまいます。
3月退局から逆算したスケジュールと転職の条件
「やはり医局に残ったままでは、手術キャリアと家庭の両立は難しそうです」。
そう伝えると、コンサルタントは私の考えをしっかりと受け止めたうえで、「承知しました。では、3月末の退局から逆算して、スケジュールを整理しましょう」と冷静に道筋を立ててくれました。
応募、面接、退局の伝え方まで、具体的なステップを一緒に考えてくれました。このスケジュールを見たとき、「これなら無理なく進められる」と張り詰めていた気持ちが楽になりました。
キャリア相談の結果、以下の条件で転職を進めることになりました。
- 年収は現状(1400万円)を下回らない
- 当直なし
- 通勤は片道30分以内
- 執刀数や症例数は減らしたくない
- 円満な退局
- できれば翌年4月入職
メックステーションの求人の質や量はいかがでしたか
通勤圏内で専門性を活かせる求人を複数提案
キャリア相談から1週間ほどして、私の希望条件を満たす求人を複数提案してもらえました。さらにコンサルタントから、「求人票だけでは伝わらない、入職後に期待されている役割」を明確に聞けて、非常に参考になりました。
「この病院は外傷救急が中心ですが、これから人工関節の症例を強化するようで、給与水準も高めです。先生の経験を活かせそうです」「こちらの病院は脊椎と関節が中心で、医師の専門性によって役割分担がしっかりしています」など、内部の雰囲気や、各病院の経営方針まで詳しく教えてもらうことができました。
当直負担を抑えても手術を続けられる選択肢
さらにありがたかったのは、私が最も心配していた「当直なし、または負担軽減」という条件と「手術キャリアの継続」が両立できる理由を、具体的に説明してくれた点です。
たとえば、「こちらの求人票の病院は、夜間の一次対応は当直医が行います。整形外科は複数名の常勤医によるオンコール当番制で必要時に対応しています」などといった説明でした。
当直負担を抑えられる理由や、手術はしっかり行える事実を確認できました。医局の中だけで考えていたら、決して気づけなかった選択肢の多さに驚きました。
応募から転職決定までのサポートはいかがでしたか
比較の結果、X病院とY病院で面接を受ける
複数の候補の中から、条件面と手術内容のバランスがよかったX病院とY病院に応募することを決め、病院見学と面接へ進みました。
X病院は、東京近郊にある外傷救急の対応も多い急性期病院でした。年収は1,600万〜1,700万円程度で、当直は免除の相談可能。自宅からの通勤も40分ほどで、現在よりは負担を減らせる条件でした。整形外科は外傷を中心に診療しており、今後は人工関節センターを視野に入れて強化していく方針と聞きました。
面接の結果、将来的には面白い環境だと感じたものの、入職直後から膝関節や人工関節の症例に十分関われるかという点で、不安が残りました。また当直免除とはいえ、外傷中心の急性期病院である以上、緊急手術などオンコールでの実稼働はY病院より多くなる環境でした。
病院見学で見えたY病院の魅力
Y病院は関東にある脊椎と関節に特化した専門病院で、自宅から片道30分以内で通える点が大きな魅力でした。年収は1,700万円、当直はなし。オンコールは整形外科の常勤医で当番制でした。当番制ではあるものの、呼び出しは限定的で、頻度も事前に確認できました。
病院見学と面接で、膝関節、人工関節、リウマチ診療にも一定の症例数があるとわかりました。すでに人工関節の手術を行う体制が整えられていて、面接でも「膝関節や人工関節を中心に、外来から手術まで一貫して担ってほしい」と、明確な期待を感じました。上級医との役割分担も明確で、病院全体の体制の中で経験を活かせる点も安心材料でした。
条件面だけを見ればX病院も魅力的でしたが、キャリアを継続できる具体性、当直なしの働き方、通勤負担の少なさ、家庭との時間の確保という点で、Y病院の志望度が高くなりました。
面接では聞きにくい条件も確認してもらえた
病院見学の日程調整だけでなく、面接対策もコンサルタントが丁寧に行ってくれました。
特に助かったのは、面接で自分から直接聞きにくい条件面の確認です。実際のオンコールの頻度や呼び出しの実態、執刀できる手術の割合、そして年収交渉まで、間に入ってしっかりと病院側とすり合わせてくれました。
おかげで、面接では自分のこれまでの経験や、今後重点的に磨きたいスキル、意気込みを伝えることに集中できました。
無事、X病院とY病院の双方から内定通知をいただきました。そのうえで、より私の希望に合うY病院への転職を決めました。
医局に伝える時期と順番を一緒に整理
医局に退局の意向を伝える場面でも、コンサルタントのサポートがありました。
事前に整理していたスケジュールに沿って、「まずはこの日のカンファレンス後に医局長へお話ししましょう」「退局理由は、家庭の事情を話して理解を得る方向で伝えましょう」と、伝える時期、順番、言葉の選び方までアドバイスをもらえました。
もし自分一人で転職活動をしていたら「どうやって医局に言えばいいのか」と悩み、3月退局を諦めていたかもしれません。
また、Y病院との間にコンサルタントが入ってくれて、「医局への手続きがあるため、入職日の確定まで少し時間をください」と調整を行ってくれました。おかげで、焦らずに医局との話し合いを進められました。結果、トラブルもなく円満に退局できました。
転職後の満足度はいかがでしょうか
家族と夕食を取れる日が増えた
転職して最も変わったのは、生活の質です。片道1時間20分かかっていた通勤が30分程度に短くなりました。当直はなくなり、オンコールも当番制で頻度が限られたことで、心身の負担が大幅に軽くなりました。
今は平日に妻と一緒に夕食を取れる日が増え、休日に突然の呼び出しも気にすることはありません。転職前には、考えられないほど私生活が安定しています。
手術から離れず、整形外科医として前向きに働けている
もちろん、「すべてが楽になった」というわけではありません。
Y病院では私の専門性を評価してもらえ、膝関節や人工関節の症例にも関わることができ、リウマチ診療でもこれまでの経験を活かせています。そのため、外来患者数も多く、予定手術もコンスタントに入っているため、日中は転職前と同じかそれ以上に忙しく駆け回っています。
しかし、十分な休息が取れているので、整形外科医として前向きに、そして高いパフォーマンスで手術や診療に向き合えていると感じています。
医局を離れてもキャリアは続くと実感
転職前は、「医局を辞めることは、整形外科医としてのキャリアをあきらめることだ」と思い込んでいました。しかし、Y病院へ転職した今は、家庭との時間を大切にしながらでも、手術キャリアを続ける道はあるのだと感じています。
家庭の幸福、医師としてのやりがい、どちらも失わずに済んだことは私の人生にとって大きな財産です。もしあの時、行動を起こしていなければ、今も終わりの見えない激務の中で疲弊していたでしょう。かつての私のように、専門医取得後の働き方や医局からの離脱に悩んでいる先生がいらっしゃれば、ぜひ一度、相談して、自分の可能性を広げてみてほしいと思います。
担当コンサルタントの一言
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