
転職を考えた時期ときっかけを教えてください
働き方改革のはずが若手に夜間対応が寄っていった
転職を考え始めたのは、脳神経外科専門医を取得してしばらく経ち、新年度の体制が見えた頃でした。私は転職前、出身大学である大学病院Aの脳神経外科に所属していました。そこでは、救命救急センターと連携しながら急性期脳卒中や頭部外傷などの患者さんを頻繁に診ていました。
脳神経外科医として充実した毎日でしたが、「医師の働き方改革」で状況が変化しました。その影響で、当直明けや時間外の扱いを含めて、夜間の当番体制を見直す話が出たのです。本来は無理のない形に整えていくための見直しだったはずです。ただ、実際には専門外来や定期手術を抱えるベテランの先生方や、子育て中の先輩医師の当直が減り、比較的調整しやすい若手医師に夜間対応が寄ることになりました。
当直が増えても日中の手術や外来は変わらなかった
脳神経外科はもともと忙しい診療科ですし、私自身、若手のうちはある程度の負担を担うことも理解していました。しかし、夜間の救急対応で十分に眠れない当直が続いているにもかかわらず、当直明けも十分な業務軽減を実感できないまま、日中の病棟管理、手術、外来をこなす日々で、心身ともに疲弊していったのです。
「結婚したら今みたいに働けなくなる」と言われて気持ちが沈む
もちろん、子育てや介護など、家庭の事情がある先生への配慮は必要です。それ自体に異論はありません。ただ、私のようにまだ子どもがいない30代前半の女性医師の扱いは腑に落ちない部分がありました。
「結婚したら今みたいに動けなくなるから、今のうちに経験を積まないとね」といった言われ方をすると、配慮というより、私の時間だけが軽く扱われている感じでした。冗談半分でも、気持ちが沈みます。
断れば雰囲気が悪くなるので、自分の生活が少しずつ後回しになっていきました。
勤務時間が増えたのに外勤が減って収入も下がる
年収面でも、厳しさはありました。大学病院Aの給与に外勤を加えて1,400万円ほどでしたが、大学での通常勤務に加えて、当直やオンコールの負担が増えていきました。
さらに、時間外労働の管理が厳しくなる中で、これまで入っていた外勤アルバイトが今までのようには入れなくなったのです。
働いている時間は増えているのに、年収は1,200万円まで落ち込む見込み。「仕事の負担も生活の余裕も、どちらも失ってしまうのではないか」という危機感が強まり、転職を意識し始めました。
メックステーションを選んだきっかけを教えてください
同級生の脳神経外科医は退局して公私で充実
転職のきっかけは、学会で久しぶりに会った同級生の話でした。その同級生は、医学部からの知り合いで、同じ大学医局に所属していた脳神経外科医です。退局して別の病院へ移っていたのですが、食事をする機会を得ました。
その同級生からは、「平日も外食を楽しんでいる」「休みの日もオンコール待機がない日は旅行によく行く」と聞きました。
私といえば、当時は平日の夜に落ち着いて食事をすることも、本を読むこともほとんどできておらず、その言葉が想像以上に心に残りました。
「脳神経外科だから仕方ない」「大学病院の勤務医だから仕方ない」と思ってはいたものの、同じ診療科の医師が全く違う生活をしていると知って、今の自分の働き方を見直したいと考えるようになりました。
「1年前から動くと選択肢が違う」という言葉が残った
その同級生に、「転職は大変だった?」と聞くと、「1年前から転職活動しておくと、選べる幅が全然違う」と言われました。
聞けば、脳神経外科を含めた医師の求人は、表に出ている条件だけでは分からないことも多いようです。緊急対応の受け方、オンコールの実態、若手への業務配分など、外からはなかなか見えません。だからこそ、一般的な求人サイトを見るより、医師のキャリア事情を理解しているところに相談した方がいいのではないかと思い、自分なりに調べたところ、『メックステーション』にたどり着きました。
メックステーションのキャリア相談を利用しましたか
初回キャリア相談では勤務表を見ながらじっくり働き方を話し合えた
キャリア相談をしたのは6月でした。勤務表や当直回数、外勤の状況、収入まで一つずつ整理してもらいました。
印象に残っているのは、メックステーションのコンサルタントから「もし医局でキャリアの今後が見えていないのに、当直とオンコールだけが増え、収入が減っているのなら、一度“この負担は将来につながるものか”をじっくり考えた方がいいかもしれません」との言葉です。その言葉で、自分が感じていた違和感の輪郭がはっきりしました。
「残したいものと手放したいものを分けて考えましょう」
自分が今後の働き方で何を残したいのかを整理し、脳神経外科の仕事そのものは続けたいと考えていて、急性期の患者さんや緊急手術にもやりがいを持っていることを再確認できました。
コンサルタントから「残したいのは症例と専門性で、手放したいのは負担のかかり方と医局人事の不透明さではないでしょうか」と言ってもらえました。
さらに、「急性期脳卒中や頭部外傷への対応経験がある先生は、公立病院や市中病院でも十分に求められます。外勤を増やさなくても、常勤の給与と当直手当で今より安定した条件を目指せる可能性があります」と説明してもらい、選択肢が見えてきました。
翌年4月転職を前提に約1年かけて準備することに
6月のキャリア相談時点では、今すぐ辞めるというより、翌年4月を一つの区切りにしたいと思っていました。そのため、翌年4月を見据え、いつから病院見学に動くか、いつ医局に意向を伝えるかを一緒に整理していきました。
私のように医局に所属している場合は、6月からだと準備期間が少し短いようでした。
コンサルタントは、「医局に入っていらっしゃる先生は、通常1年以上かけて円満に退局準備をしながら転職活動を並行します。先生の場合、あまり時間がないので、退局も丁寧に行う必要があります」と話してくれました。
それで、転職活動とあわせて退局準備も進めるということになりました。
メックステーションの求人の質や量はいかがでしたか
方向性の違う求人を複数示してもらえた
キャリア相談からほどなくして、方向性の異なる求人を示してもらいました。その一部を紹介します。
●候補1 市中病院X脳神経外科
1つ目は、500床規模で脳卒中センターを持つ急性期市中病院Xの脳神経外科でした。脳卒中をはじめとした急性期医療に力を入れており、脳梗塞、脳出血、頭部外傷などを幅広く診ることができる環境です。年収は当直込みで1,500万〜1,700万円程度。症例数を維持しながら働けることに加え、当直の回り方やオンコールの分担が比較的明確だった点も魅力でした。一方で、急性期病院ならではの忙しさは避けられません。
●候補2 ケアミックス病院
2つ目は、回復期機能を持つケアミックス病院で、患者さんの管理や地域の脳神経外科診療を担う求人でした。年収は約1,600万円で、当直やオンコールの負担が比較的軽く、身体的な負担を減らしやすい点は魅力的でした。ただ、急性期の緊急手術や救急搬送への関わりは少なくなるため、これまでの臨床の手応えをどう維持するかは考える必要がありました。
●候補3 市中病院B脳神経外科
3つ目が、市中病院Bの脳神経外科です。病床規模は300床そこそこながら、脳神経外科・整形外科・循環器内科に特化しており、症例も豊富。特化しているぶん関連他科との連携がスムーズで、年収は1,700万円となっていました。当直は月2回。急性期医療から完全に離れることなく、働き方を立て直せる可能性がある点に魅力を感じました。
いろいろな形態の病院を確かめたかったので、候補の病院を複数見学することにしました。見学では、症例数や年収だけでなく、夜間の呼び出しがどう発生するのか、救急科や他科との役割分担はどうなっているのか、当直翌日の業務はどう調整しているのかといった点まで確認しました。
病院見学で長く働くイメージを持てるか確認
病院見学であらためて、同じ脳神経外科でも病院によって働き方がかなり違うと感じました。条件だけを見ると魅力的に見える病院でも、当番の持ち方や夜間の負担を聞いていくと、大きく環境が変わらないところもありました。
応募から転職決定までのサポートはいかがでしたか
退局の引き止めを受けるもコンサルタントに相談して筋を通す
退局の調整も慎重に行いました。ただ、実際に退局の意向を伝えると、「そんなに早く決めるのか」「外勤で週1日でもいいから、医局には残り続けた方がいいのでは」「まだうちで学べることはあるよ。もったいない」といった反応がありました。どの言葉にも一理あるように聞こえるので、自分の判断が間違っているのではないかと不安になることもありました。
気持ちが揺れるもコンサルタントの言葉が支えに
そんなとき、メックステーションのコンサルタントが話を聞いてくれました。特に印象に残っているのは、「意向を伝えた先生の判断は間違っていません。退局の場面で悩まれる先生は多いですし、先生だけが特別に迷っているわけではありません。迷った時は、その都度整理しましょう」と言ってもらえたことです。「悩んでいるのは私だけではなく、もっと複雑な退局調整を経験する先生もいるのか」とわかって、気持ちが楽になりました。一人で抱えていたら、途中で揺らいでいたと思います。
面接準備と条件整理を一緒に進められた
面接では、「なぜ医局を離れるのか」「脳神経外科医として今後どう働きたいのか」といった点を、自分の言葉で整理するサポートを受けました。単に忙しいから辞めるのではなく、専門性を活かしながら持続可能な働き方に切り替えたいという軸が明確になったことで、面接でもぶれずに話せたと思います。
結局、応募した複数の病院から内定をいただきました。最終的には、熟考して市中病院Bを選びました。ここは、脳卒中医療をしっかり担いながら、当番表の回り方に無理がなく、長く働くイメージが持てました。病院見学で、条件面だけでなく、働き方のイメージまで持てたことが大きかったと思います。
転職後の満足度はいかがでしょうか
脳神経外科医としてのやりがいを保つ働き方
市中病院Bでは脳卒中の診療を主に行っており、脳神経外科医としての責任や緊張感もあります。ただ、大学病院Aにいた頃と違って、院内での役割分担が明確で、当直も月2回に抑えられています。オンコールも担当日のみなので、毎日気を張り続ける状態ではなくなりました。
収入面も、常勤の給与と当直手当を含めて年収1,700万円となり、外勤ありきで生活設計を立てる必要がなくなりました。専門性を維持しながら、無理のない形で働けていることに大きな満足感があります。
帰宅後に読書を楽しめる日が増えた
生活面の変化も大きいです。以前は、帰宅しても呼び出しや翌日の業務が頭から離れず、休んでいるようで休めていませんでした。今は、夜に落ち着いて食事をとり、本を読める日が増えました。学生時代から好きだった旅行も、久しぶりに心から楽しむことができるようになりました。
振り返ると、働き方に違和感を持った段階で相談したのが良かったと感じています。あの時に約1年前の転職活動として動き始めたからこそ、焦らずに次の職場を選べたのだと思います。
担当コンサルタントの一言
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